コラム

ひのでサイエンスコラム:01 コロナの間欠泉 −太陽X線ジェット−

 日本は温泉大国。いたるところに温泉があります。 筆者は山梨県在住なので、信玄の隠し湯にはよくお世話になっています。 そんな温泉地のいくつかで見られるダイナミックな現象に、間欠泉 (Wikipedia)があります。 これは地中に溜まった高温の温水が勢い良く噴出する現象で、 激しいものになると、地上75mまで温水を吹き上げるそうです。 このように、地球ではごく限られた所だけで噴出現象を見ることが出来ますが、 太陽ではいたるところで噴出現象が起きています。 太陽で吹き上げられているのは、地球と違って高温のガス、プラズマ (Wikipedia)です。しかし一口にプラズマといっても、 その温度は数千度〜千万度とバラエティーに富んでいます。 このコラムでは、 太陽で起こる噴出現象のなかでも一番温度が高いプラズマを吹き上げる現象、 「太陽X線ジェット」をご紹介します。

 「太陽X線ジェット」はその名の通り、「太陽」でおこり、 「X線」で見ることが出来る、「ジェット」状の噴出現象です。 X線で見ることが出来るということは、そのジェットの温度が、 100万度以上 *1であることを示しており、 非常に高温なガスの噴出現象であることがわかります。 この「太陽X線ジェット」は日本の前太陽観測衛星 「ようこう」に搭載された軟X線望遠鏡(SXT)で発見された現象です。 その長さは平均15万km *2、最大のものになると30万kmにも達します。 また噴出物の見かけの速度は平均毎秒200kmと、 東京−大阪間を2秒半で通過してしまうほどの速度です。 さらに太陽X線ジェットは、 フレアやマイクロフレアなど太陽面上の爆発現象と共に発生します。 また「ようこう」6ヶ月間の観測により、 太陽X線ジェットの大多数が活動用域で発生し、 太陽の北極や南極によく見られるコロナホールと呼ばれるコロナの少ない領域では、 まれにしか起こらない(6ヶ月間で数例程度) と考えられていました。*3

*1: ちなみに、タバコの火が約850度、純粋な鉄の溶ける温度が約1500度です。
*2: 地球の大きさは1万2千km。 平均的なジェットでも地球の10倍以上の長さをもつ
*3: 「ようこう」衛星での太陽X線ジェットの観測の結果は、こちらで詳しく解説されています。      

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図1:「ようこう」衛星SXTで観測された最大の太陽X線ジェット。 (JAXA/NASA)
色は擬似カラーです。

 「ひので」衛星搭載のX線望遠鏡(XRT)でも、 打上げ前から太陽X線ジェットは観測対象として考えられていましたが、 「ようこう」の結果から活動領域で観測できると予想されていました。 しかし、XRTを太陽の北極に向けたところ、予想外な結果が待っていました。

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図2:「ようこう」衛星搭載SXT(上段)と「ひので」 衛星搭載XRT(下段)で撮影されたX線でみる太陽の北極(撮影日時は違います)。 2つの望遠鏡の解像度の差が良くわかります。 クリックするとXRTムービー(MPEG1/8MB)が見れます。 XRTムービー高解像度版(MPEG1/98MB)は こちら。

色は擬似カラーです。

              

 上図の下段(クリックするとムービーが見れます。)は、XRTでみた太陽の北極です。 極のまわりはX線が暗く、コロナホールになっていることがわかります。 この領域を動画で見ると、 無数の太陽X線ジェット(1時間に10例以上) が北極のコロナホールで起きているではありませんか。まったく予想外の結果でした。 これは、XRTの分解能が「ようこう」に比べ格段に向上した事と、 「ようこう」より低温のプラズマ(〜100万度) まで見ることができるようになったため、わかった結果です。 このほか、 毎秒200kmのジェット本体の先に毎秒500〜1000kmの超高速ジェットがあることや、 ジェットの内部に波動のような構造があることが、XRTにより発見されました。

Jet_thread 2.png

           

図3:XRTで撮影された太陽X線ジェット。 左側が通常の画像。右側が強度の変化を強調した画像。 上段はジェット全体の画像。下段はジェットの足元を拡大した画像。 強度の変化を強調すると、ジェットの内部に白黒のパターンが見えます。 ムービーでは、このパターンが動き、波動的な様子を示しています。 クリックするとXRTムービー(MPEG1/4MB)が見れます。 色は擬似カラーです。

 これらの結果により、今まで考えられていたように、 太陽の北極や南極のコロナホールは非常に静かな領域ではなく、 太陽X線ジェットが頻発する領域であることがわかりました。 この結果は、太陽物理学だけではなく、 地球周辺の宇宙環境(宇宙天気予報) を考える上でも重要な結果となりつつあります。 太陽のコロナホールからは、高速太陽風と呼ばれる、 高速(毎秒500〜1000km*4) のプラズマの風が流れ出していることが以前からわかっており、 この高速太陽風が普通の太陽風を追い抜く場所が地球へ当たると、 磁気嵐を引き起こすことも知られていました。 しかし、 いままでコロナホールではジェット等の活動現象はまれであると考えられていたため、 どうやってコロナホールから速い太陽風を吹かせているか、よくわかりませんでした。 今回の発見により、太陽X線ジェットが高速太陽風を吹かせるためのエネルギーを 供給しているのではないかとの疑いが向けられ、研究が進行中です。

*4: 通常の太陽風は、毎秒300〜450km程度の速度です。

下条圭美 (ひので科学プロジェクト/野辺山太陽電波観測所)


ひのでによる関連研究論文
J. Cirtain, L. Golub, L. Lundquist, A. van Ballegooijen, A. Savcheva, M. Shimojo, E. DeLuca, S. Tsuneta, T. Sakao, K. Reeves, M. Weber, R. Kano, N. Narukage, and K. Shibasaki, 2007, Science
'Evidence for Alfven Waves in Solar X-Ray Jets'
Shimojo, et al. 2007, PASJ, 59, S745
'Fine Structures of Solar X-Ray Jets Observed with the X-Ray Telescope aboard Hinode'
Savcheva, et al. 2007, PASJ, 59, S745
'A Study of Polar Jet Parameters Based on Hinode XRT Observations

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