開発経緯

ヘリウム漏れ発見顛末記 国立天文台 Solar-B推進室 中桐正夫

 人口衛星開発途上の試験に、熱真空試験というものがあります。これは宇宙空間を模擬したスペースチャンバーという大きな真空槽の中で、太陽に照らされた状態や陰になった状態を作り、動作を確認したり、衛星各部の温度を実際に測定し、軌道上で遭遇する温度変化がモデル計算と整合しているかの検証をしたりする試験です。衛星を構成する個々の装置についても熱真空試験は行われていますが、この顛末記は、打ち上げ前最後の衛星全体の熱真空試験でのお話です。

 衛星各部に配置された温度センサーのデータは、熱解析の専門家の計算機に集録され解析されます。この熱真空試験の間に、温度以外のデータも取られています。その中には、衛星の光学面を汚染する恐れのある物質が出ないかというコンタミネーション(汚染)監視があります。これについては、このページの「写真で見るコンタミネーションとの戦い」に、解説されています。SOLAR-Bでは、この他に、ウイットネスミラーというテスト用ミラーの光学面の反射率の変化をモニターする方法も使われました。
 2006年3月に、JAXA宇宙科学研究本部にて、最終熱真空試験が行われていました。私は、この試験の間、次の計測とモニターを担当していました。
  1. スペースチャンバーに付属した真空モニターとは独立に真空度の測定とモニターをする。
  2. TQCMを用いたアウトガス量の測定及びモニターをする。
  3. スペースチャンバーに付属した質量分析計を使った残留ガスの測定及びモニターを行う。
  4. ウイットネスミラーの温度制御及び温度モニターを行う。
 順調に進んでいた試験でしたが、時々、非常にわずかに真空度が劣化する事象に気がつきました。真空計の表示を、定期的にノートに記録していましたが、これでは変化があった事象を正確に捉えることができません。(チャンバーの圧力、質量分析計の出力、温度データなどが、パソコンに取り込めるようになっていませんでした。)そこで、急遽、抵抗分割回路を作り、データを、安価なデータ取り込み用のソフトでパソコンに取り込めるようにしました。また、使われていなかった質量分析計の出力をオシロスコープに表示させ、それをデジカメで、定期的に記録する作業もやっていました(計算機に取り込まれるようになっていなかったので)。
 たまたま、真空度劣化が起こっているときに、質量分析計の写真撮影する場合があって、いつもは見られない質量のところに明らかなラインが出ていることに気がつきました。質量4の場所に、チャンバーの中には存在しないはずのヘリウムのラインが現れていたのです。証拠写真を撮影し、その日の夕会(作業報告検討会)で、真空度の時々の劣化の大きさとそのときに質量分析計にヘリウムが検出されることを報告しました。下の写真がこのときのオシロスコープの画面です。

He_leak.jpg

 この私の報告は、その日の夕会の記録に、
 「残留ガス分析装置の測定より、Heのピークが見え始めたことが報告された。Heはクライオポンプで使用しているだけである。リークしているのだろう。」
と記載されました。クライオポンプからヘリウムが真空チャンバー側に漏れることは、考えにくいものでしたが、真空ポンプの担当者にこのことを報告しました。次の日には、この時々の真空度劣化は徐々に大きくなり、宇宙研側のモニターの記録計にも記録されていたことが分かりました。調査の結果、真空度劣化のタイミングが、衛星バッテリーの放電のタイミングと見事に一致していたことが分かりました。このため、この真空度劣化が、バッテリーの充電・放電による温度変化に関係していることが疑われました。封じ切りの電池にわずかなヘリウムが残存している可能性はあるということで、電池担当者から、「電池が原因かもしれない」と陳謝する場面もありましたが、電池の構造を検討した結果、その真空度劣化を説明できる量のヘリウムが電池に残存している疑いはありませんでした。。。。
 調査は振り出しに戻り、真空度と質量分析計のデータを計算機にとりこみ時刻ずけができたことから、真空度劣化のタイミングと衛星各部の温度の関連をより広範に調べることが可能となりました。その結果、この事象がスラスターエンジンの8つある弁のうち、A1スラスタ弁の温度と強い相関があるということを、原さんが発見しました。そして、スラスターの中にはヘリウムが残存していてもおかしくないことが明らかになりました。真空チャンバーのわずかな真空度劣化から、スラスターからのヘリウム漏れが発見されたのです。スラスターからヘリウムガスが漏れているということは、宇宙でヒドラジン燃料漏れが起きる可能性があるということで、JAXAと担当メーカーの専門家による懸命の原因追究が行われ、A1スラスタ弁に十分な対策がとられました。現在、このスラスターは、軌道上で衛星の姿勢維持と軌道マヌーバーに大活躍し、見事に動作しています。この装置は、衛星の心臓部の一つであり、問題をわずかな圧力変化から見つけることができずに衛星を打ち上げていたらと考えると、背筋が寒くなります。このように衛星開発は、多くの人の地道な努力が積み重ねられて、初めて成功がもたらされます。開発途上のワンカットでした。。。。。

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