• TOP
  • 最新情報
  • 研究成果
  • 低速太陽風の吹き出し口での風速が判明 -ひので衛星極端紫外線分光撮像装置による高温ガス速度の検出-

研究成果

低速太陽風の吹き出し口での風速が判明 -ひので衛星極端紫外線分光撮像装置による高温ガス速度の検出-

自然科学研究機構 国立天文台
fig5.jpg宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部
米国航空宇宙局(NASA)
英国科学技術会議(STFC)
欧州宇宙機関(ESA)

JAXA/国立天文台(アルファベット順)

概要

 太陽風は、太陽から絶えず吹き出て太陽系を満たしている超音速の荷電粒子 (陽子、電子などの電気を帯びた粒子) の流れです。 その速度は毎秒数百キロメートルと非常に高速であり、 オーロラや磁気嵐など地球環境に影響を及ぼす要因の一つとなっています。
 太陽風の存在は、彗星の尾の観測により1950年代から予測されており、 その後、宇宙空間での人工衛星を使った観測で存在が確認されましたが、 太陽のどこからこのような超高速の風が流れてくるか、 なぜこんなに高速なのかは長年の謎でした。

 2006年9月に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」に搭載されたX線望遠鏡(XRT)の観測により、 コロナホール(注1)に隣接した活動領域 (注2) の端から高温のガスが絶えずコロナ上空に流れ出ている様子が発見されました。 この成果は、昨年12月に発行された米国の科学雑誌「サイエンス」の「ひので」特集号で発表されました。
 これは、太陽風の吹き出し口、 特に比較的低速な太陽風の源を直接観測したものである可能性が非常に高いと考えられます。 しかし、得られた画像からガスの模様が移動していく様子を捉え、 そこから高温ガスの速度を予測したにすぎず、直接ガスの速度を測定しているわけではありません。 そのため、本当に高温のガス本体が流れているのか、 それとも波動現象のように単に模様が動いている様子を見ているだけなのか、 明らかではありませんでした。
 今回、この問題を解決するために、 XRTで発見されたこの高温ガス噴出領域を「ひので」に搭載された極端紫外線撮像分光装置 (EIS) を使ってさらに観測しました。 EISでは、この高温ガス噴出領域を分光観測することで、ガスが流れ出している速度を測定することができます。 その結果、高温ガスの流出速度は毎秒100キロメートル程度であることがわかり、 XRTを使った観測から予測された値とほぼ一致する結果となりました。

 「ひので」に搭載された EIS、XRTの両望遠鏡の観測により、 コロナホールに隣接した活動領域の端から高温のガスが流れ出していることが決定的なものになりました。 この研究により、今後太陽風の理解が大きく進むことでしょう。

この研究成果は、米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」4月1日号に掲載されました。

注1:X線で観測すると暗い穴があいたようなに見える領域
注2:黒点など磁場の強い場所の上空にあり、X線で明るく光っているコロナの領域
参照文献:
"Outflows at the Edges of Active Regions: Contribution to Solar Wind Formation?"
Harra L. K., Sakao T., Mandrini C. H., Hara H., Imada, S., Young P. R., van Driel-Gesztelyi L., Baker D., 2008, ApJL, 676, L147

解説

fig1.jpg
図1:ULYSSES衛星による緯度ごとの太陽風観測。
赤い線は磁場が太陽から遠ざかる方向に出ている領域での太陽風の速度を表し、青い線は磁場が太陽に向かう方向の領域の太陽風の速度を表している。 (NASA提供)

 太陽風とは太陽系を満たす太陽から噴き出したガスのことで、 太陽表面から流れ出た太陽風は宇宙空間での音速を超える速度(超音速)まで加速されます。 この太陽風の存在は1950年代に彗星に尾のような構造があることから予言されていました。 現在では衛星が直接宇宙空間を観測することで太陽緯度による太陽風速度の違いまで観測できるようになっています。 右図(図1)はULYSSES (注3) による太陽風観測で、 赤と青の線で緯度に対しての太陽風の速度を表しています。 線が中心から離れれば離れるほど太陽風の速度が速いことを表します。 高緯度と低緯度を比べると高緯度からは高速の太陽風(約800km/sec)が、 低緯度からは低速の太陽風(約300km/sec)が流れ出していることがわかります。 大まかに高緯度からの高速太陽風と低緯度からの低速太陽風に分かれることがこの図からわかります。 それではどうしてこのような違いが生じるのでしょうか。これは太陽物理学上の謎です。 この問題を理解するためには超音速に加速している現場を捉える必要があります。 注意していただきたい点として、 ULYSSESは地球より遠い位置での観測なので、超音速まで加速されたあとの太陽風を観測しているという点です。 「ひので」(SOLAR-B)搭載のX線望遠鏡(XRT)の観測は、 このまさに加速途中にある太陽風の噴き出し口を捉える事に成功しました (坂尾ら, 2007ひので科学プロジェクトニュース 12月7日号)

fig2 2.jpg
図2:X線望遠鏡による低緯度のコロナホールに隣接した太陽活動領域の端の観測(A)。スリット位置でのX線のパターンの時間変化(B)。コロナホールはAの左上の周囲より暗い領域、活動領域はAの中心にある明るい領域 クレジット:JAXA/国立天文台(アルファベット順)

 

左図(図2)Aはひので搭載のX線望遠鏡(XRT) で低緯度のコロナホールに隣接した太陽活動領域の端を撮像したものです。 図2Aの太陽活動領域の端の白い線(スリット)に沿った時間発展を示すのが図2Bです。 図2Bの縦軸は時間を横軸は図2Aの白い線(スリット)の方向を表します。 図2Bでいくつかの右上がりのパターンが見えると思います。 このパターンが示すことは、時間と共に明るい領域が白い線に沿って動いていることを表します(参照:下図/図3)。

fig3 2.jpg
図3:スリット位置でのX線のパターンの時間変化から速度が求まる説明図(JAXA/国立天文台(アルファベット順))

このパターンから高温ガスが約150km/secで太陽から流れ出していることがわかります。 さて、このようにXRTの観測 では画像のパターンの移動から太陽風の吹き出し口を発見したわけですが、 本当に高温のガスがここから流れ出しているのでしょうか。 パターンの移動は必ずしも物質の移動に起因するとは限りません。 池に小石を落とすことを考えてみてください。小石が水面に当たると、 波紋が広がっていきます。この波紋のパターンは速い速度で広がっていきますが、 決して池の水がその速度で周りに移動しているわけではありません。 そこで今回発表では、ひので衛星に搭載されている極端紫外線分光撮像装置(EIS)を用いて、 実際にガスが流れ出しているかを明らかにすることを試みました。 EISは極端紫外線を分光することで、ドップラーシフトを求め、 視線方向(太陽--地球方向)の速度を求めることができます。 ドップラーシフトというのは、自分に近づく救急車のサイレンの音は高い音(短い波長)に、 遠ざかる救急車からの音は低い音(長い波長)に変わる効果のことです。 つまり、EISでは、太陽から遠ざかる方向(地球方向) の速度をもったガスからの光は静止したガスからの光より波長が短くなる事を利用して、 ガスの速度を求めることができるのです。

fig4 2.jpg
図4:X線望遠鏡による低緯度のコロナホールに隣接した太陽活動領域の端の観測(白が明るい領域、黒が暗い領域) クレジット:JAXA/MSSL/国立天文台(アルファベット順)

左図(図4)は、XRTで観測した低緯度コロナホールに隣接した太陽活動領域のX線画像です。 坂尾ら(2007)と同じ方法を用いて白い四角で囲んだ領域のパターンの移動速度を求めると、約90km/sec で移動していることがわかりました。 それでは、今度はEISの観測から速度を決めます。下図(図5) の左側の図はEISで取得した鉄の11階電離ガスから放出される紫外線(約160万度の高温ガスから放出される光) で見たコロナホールに隣接した太陽活動領域です。 図4で見えているコロナホール(周囲より暗い領域)と太陽活動領域(周囲より明るい領域)が見えると思います。

fig5 2.jpg
図5:極端紫外線分光撮像装置による低緯度のコロナホールに隣接した太陽活動領域の端の画像(左:白が暗い領域、赤が明るい領域)とドップラーシフトから求めた速度場(右:マイナス符号は太陽から離れる方向の速度を表す)。 クレジット:JAXA/MSSL/国立天文台(アルファベット順)

図5の右側は先ほど説明したドップラーシフトから速度を求めた図です。 青色は太陽から離れる方向の速度を表します。 一番速い速度を示している領域はおよそ50km/secです。 このEISの観測からXRTで観測されたパターンの移動は 実際にガスの移動をともなうことが明らかになりました。 画像のパターンの移動から求めた速さとドップラーシフトから求めた速さの違いは、 ガスが流れ出す方向が傾いていることを考慮すると説明がつきます。 画像パターンでは太陽表面に平衡方向の速度を、 ドップラーシフトでは太陽表面に垂直方向の速度を求めた事になります。 太陽風は磁場に沿って流れていると考えられているので、 磁場の観測からそれぞれの位置での流れの方向を推定することができます。 この向きまで考慮すると、 この領域から流れ出ている速度はどちらからの観測でも約100km/secとなります。

低速太陽風の源はULYSSESの観測(図1) からも明らかなように低緯度領域から出ていると考えられていましたが、 ピンポイントでどこから出ているかは謎でした。今回の観測から、 X線望遠鏡で観測された低緯度コロナホールに 隣接した太陽活動領域の端のパターンの移動は実際にガスの移動をともなうものであることが明らかになり、 この低緯度コロナホールに隣接した太陽活動領域の端からの 高温ガスが低速太陽風の源であることが確実なものになりました。 さらにこの領域の観測及び解析を進めることで、 なぜこの領域からは低速の太陽風が吹くかを解明することを目標に現在研究が進められています。 逆に低速太陽風の理解は高速太陽風の理解にもつながると考えられており、 太陽物理学上の重要な懸案事項の一つである太陽風加速の解明につながると考えています。

注3:ULYSEES(ユリシーズ)ESA-NSASが打ち上げた太陽風などの宇宙空間の観測を目的とした探査機。

当ページの画像、映像のご利用については、こちらをご覧ください。当ページの画像、映像でクレジットが明記されていないもののクレジットは『国立天文台/JAXA』です。当ページ内の、クレジットが『国立天文台/JAXA』、『国立天文台/JAXA/MSU』および『国立天文台、JAXA、NASA/MSFC』である著作物については、国立天文台が単独で著作権を有する著作物の利用条件と同様とします。著作物のご利用にあたっては、クレジットの記載をお願いいたします。なお、報道機関、出版物におけるご利用の場合には、ご利用になった旨を事後でも結構ですのでご連絡いただけますと幸いです。ご連絡はsolar_helpdesk(at)ml.nao.ac.jp((at)は@に置き換えてください)にお願いいたします。

page top