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    波動による太陽彩層形成の証拠

研究成果

太陽観測衛星「ひので」「IRIS」により得られた、
波動による太陽彩層形成の証拠

宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所

自然科学研究機構 国立天文台

名古屋大学 宇宙地球環境研究所

概要

 熱源が太陽の中心核にあるにも関わらず、6000 度の太陽表面の上空には、より高温な 1 万度の彩層や100 万度のコロナが存在しています。どうして彩層やコロナの温度が太陽表面よりも高いのかは、太陽物理学の大きな謎のひとつです。上空の大気を加熱するアイデアとして、太陽表面における対流などの運動が磁力線を揺らして波動を形成し、その波動が上空へ伝わることでエネルギーを運び、彩層やコロナを温めるという説があ ります。この説が正しいかどうかを観測的に確かめるには、波のエネルギーが彩層やコロナでどれだけ熱エネ ルギーに変わったのかを求め、その量が彩層やコロナを加熱するのに十分かを検証することが必要です。

 このたび、研究チームは、黒点上空の彩層で波のエネルギーがどれだけ熱エネルギーに変わったかを観測データから算出しました。その結果、彩層で波のエネルギーは熱エネルギーに変換されており、さらにその量は彩層を加熱するのに必要なエネルギーの 10 倍と、彩層を加熱するのに十分な量であることを明らかにしました。これより、彩層は波動のエネルギー散逸 (熱化) で形成されると考えることができます。

 本成果は、日米の太陽観測衛星の協力により得られたものです。日本の太陽観測衛星「ひので」は太陽表面 のガスが出す光を偏光分光観測することができ、その観測データから太陽表面における上空へ向かう波のエネ ルギーを求めることができます。一方、アメリカの太陽観測衛星「IRIS」は彩層上部のプラズマ (電離してイ オン化したガス) が出す紫外線を分光観測することができ、その観測データから、彩層上部における上空へ向 かう波のエネルギーを求めることができます。こうして「ひので」と「IRIS」の協力により求められた太陽表面と彩層における上空へ向かう波のエネルギーの差が、彩層で熱に変わったエネルギー量であると考えられて います。

背景

 図 1 は、太陽の構造の模式図です。「光球」(=太陽表面) の上空には「彩層」という薄い層が存在しており、 さらにその外側には「コロナ」が広がっています。この図を温度に着目しながら見てみると、ある不思議なことに気がつきます。それは、彩層とコロナの温度が光球よりも高いということです。太陽の熱源は中心核における核融合であるため、熱源である中心核から離れるにつれて温度が上がっていくことは皆さんの直感に反し ているかと思います。この現象は「彩層・コロナ加熱問題」として知られており、現在も理解されておらず研究が盛んに行われています。特にコロナの加熱は「太陽風」と呼ばれる太陽から放出されるプラズマの流れの 駆動と密接な関係があることが知られており、地球近傍での磁気嵐やオーロラの発生にも繋がる重要なテーマ なのです。

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図1 太陽の構造の模式図(クレジット:JAXA)

 ここで本研究のターゲットとなる彩層について述べておきたいと思います。光球の温度が約 6000 度なのに対し彩層の温度は約 10000 度で、コロナの 100 万度と比べると温度はかなり低いものとなっています。しかしながら彩層にはコロナと比べると密度の高いプラズマが存在しているため、彩層の加熱に必要なエネルギー はコロナのなんと10 倍にも及びます。そのように高いエネルギーを持った彩層には様々な動的現象が存在することが「ひので」により発見されてきており (図 2)、彩層の動的現象とコロナ加熱の関係性が近年研究者たちの間で注目されてきています。彩層がいかに加熱され形成されるかを理解することが、コロナの加熱機構を 理解することに直結するというわけです。

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図2 「ひので」が観測した彩層。(2006年11月撮影、

クレジット:国立天文台/JAXA)

 熱源から離れた彩層やコロナといった上空大気を加熱するメカニズムとして、光球における対流などの運動が磁力線を揺らして波動を形成し、その波動が上空へ伝播することでエネルギーを運び加熱するという説があります (図 3)。波動による加熱の兆候は最近どんどん明らかになってきており、[1] 太陽にお ける波動の存在や [2] 波動のエネルギー散逸による加熱への寄与の証拠は揃い始めてきています。(参照: http://hinode.nao.ac.jp/news/results/iris/)

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図3 波動による加熱の模式図(クレジット:JAXA/国立天文台)

 では、もう既に彩層・コロナ加熱問題は解決しているのでしょうか??

 そんなことはありません。もうひとつ、「上空で散逸したエネルギー量が大気を加熱するのに十分な量と なっているのか」を調べなければなりません。現状では、波動によるエネルギー供給だけではエネルギーが足 りない可能性がまだ存在するのです。

研究内容

 加納龍一 (東京大学/JAXA 宇宙科学研究所) が率いる研究チームは、国立天文台、JAXA の太陽観測衛星「ひので」と NASA の太陽観測衛星「IRIS」(図 4) が同時観測に成功した太陽黒点における波動の解析を行い、上空で散逸された波動のエネルギー量が彩層を加熱するのに十分な量となっているかを検証しました。

 「ひので」の可視光望遠鏡が搭載する偏光分光装置は光球における波動を詳細に検証することができ、「IRIS」 は彩層上部における波動を詳細に検証することができます。「ひので」と「IRIS」が検出した光球と彩層上部 における上空へ向かう波のエネルギーの差を調べることで、どれだけのエネルギーが彩層で散逸されたかを調 べることが可能になるのです (図 5)。

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図4 今回の研究で用いられた「ひので」(左)と「IRIS」(右)(クレジット:国立天文台/NASA)

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図5 散逸エネルギー導出プロセスの模式図。光球と彩層上部との波動のエネルギーの差が彩層で散逸(熱化)されたエネルギー量であり、これは、彩層を形成するのに十分な量となっていた。(クレジット:JAXA/国立天文台)

 観測された波動を解析していくと、周波数の高い波のみが上空へと伝播できることや縦波が卓越していること、上空へ伝播するに従って衝撃波を形成していることなど、波動の様々な性質が明らかになりました。観測された波動の性質を踏まえて彩層における散逸されたエネルギー量を調べてみると、散 逸されたエネルギー量は彩層を形成するのに十分な量となっていました。ここから導き出される結論は、「彩層は波動のエネルギー散逸で形成される」ということです。

 これまでは撮像観測などによる定性的な議論が中心であった彩層加熱問題に、衛星観測を組み合わせることで定量的な知見をもたらしたことは本研究の重要な意義です。また、「ひので」「IRIS」という二機の人工衛星の協力のおかげでエネルギーを正確に見積もることが初めて可能になったということも強調しておきます。 波動は微細で動的な現象であるため、時間発展を最低でも 30 秒程度の時間分解能で精密に追うことが重要になってきます。その際に地球大気の影響を受ける地上望遠鏡を用いてしまうと、大気のゆらぎ (シーイング) の影響で波動を正確に観測することが困難になってしまいます。そのため、「ひので」「IRIS」といった人工衛星を用いた観測が必須となってくるのです。

 今回は彩層の形成に注目した研究となっていますが、本研究で用いた手法はコロナの加熱を議論する際にも有効なものになっています。「IRIS」は彩層の上部までしか詳細な観測を行うことができないのですが、近い 将来打ち上がるであろう「Solar-C」衛星による光球からコロナ上部までの隙間の無い詳細な観測によって、 コロナの形成機構に関する定量的な議論が進むことが今後期待されます。

[論文]

題目:Hinode and IRIS Observations of the Magnetohydrodynamic Waves Propagating from the Photosphere to the Chromosphere in a Sunspot

著者:加納龍一 (東京大学/JAXA 宇宙科学研究所)、清水敏文 (JAXA 宇宙科学研究所)、今田晋亮 (名古屋大学)

掲載誌:The Astrophysical Journal 831 巻 24 番 2016年11月1日号

 また本研究は、下記の JSPS 科研費の助成を受けたものです。

JP25220703・基盤研究 S・常田佐久

"太陽コロナ・彩層加熱現象に迫る ― ひので・IRIS・CLASP から SOLAR-C へ"

[エネルギーの導出方法についての補足説明]

 上空へ運ばれる波動のエネルギーを求めるためには、大きく二つのステップを踏む必要があります。一つ目 は、「どんな波が存在しているのかを知ること」です。例えば縦波の場合と横波の場合では、それぞれ運ぶエ ネルギーは異なってきてしまいます。二つ目は、「物理量を定量的に計測すること」です。撮像で波が揺れていることがわかるだけでなく、どのくらいの密度のものがどのくらいの速度で揺れているかなど、定量的な情報がエネルギーを見積もるためには必要になってくるのです。

 まずは波の種類に着目してみましょう。波の種類は、放射強度・視線方向速度・磁場強度の波動に伴う振動の位相関係から同定できることが知られています。「ひので」によりそれら 3 つの物理量の位相関係を計測し たところ、縦波 (具体的には、スローモードと呼ばれる波) が卓越しているということを明らかにすることがで きました。また、「ひので」と「IRIS」が観測した波形を比較することで、光球に存在する高い振動数を持った波のみが彩層へと伝播できることも明らかになりました。

 次に、上空へ運ばれるエネルギーの計算へと移りましょう。上で明らかになった性質を持つ縦波が上空へと運ぶエネルギーは、密度、波の振幅、温度から推定できます。波の振幅は、「ひので」(光球)、「IRIS」(彩層 上部)により観測されたスペクトル線のドップラーシフトから、温度はスペクトル線の形成温度から推定され ます。密度については、光球と彩層上部で導出方法は異なります。彩層上部では二本のスペクトル線の強度比が密度と良い相関を示すため、その性質を利用しています。一方、光球ではプラズマの性質が異なるため、彩層上部と同様の方法は使えません。しかしながら、波動の振る舞いが密度によって異なるという性質を利用し て、観測された磁場強度、放射強度、ドップラー速度から光球の密度を逆算することができます。この手法 は、精密に磁場を観測できる「ひので」でしかできないものです。このようにして、「ひので」と「IRIS」の 観測から、光球と彩層上部における上空へ運ばれる波のエネルギーの計算をすることができます。

[用語説明]

・縦波と横波

 媒質の振動が波の進行方向に対して平行であるものを縦波といい、垂直であるものを横波という。

・ドップラーシフト

 光の発生源と観測者の間に相対的な速度差が生じているときに、 観測者が測定する光のスペクトル線が波長 (振動数) 方向へシフトすること。ドップラーシフトを利用して、視線方向 (太陽-地球方向) の速度を求めることができる。救急車の鳴らすサイレンの音の高さが近づいてくるときと離れていくときで違うのも、ドップ ラー効果によるもの。

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