深層学習で乱流の隠れた構造に迫る -太陽とプラズマの乱流研究に新たな展開-
自然科学研究機構 国立天文台
自然科学研究機構 核融合科学研究所
総合研究大学院大学
発表概要
国立天文台、核融合科学研究所、総合研究大学院大学を中心とする研究グループは、太陽表面の画像データから通常は観測が困難な乱流運動の推定を可能にする新たな深層学習モデルを構築することに成功しました。本研究では、太陽の対流を模擬した複数の数値シミュレーションのデータを使い、直接観測することが難しい乱流の水平運動と、観測が可能な乱流の鉛直運動及び表面温度との相関関係を学習するニューラルネットワークを構築しました。その結果、鉛直運動と表面温度の画像データから、観測困難な乱流の水平運動を高速に推定する新たな解析手法が実現されました。さらに、推定精度を分析する新たな手法を考案し、対流が生じる典型的な大きさより小さい構造を推定する精度が急激に変化することを明らかにしました。実際の太陽乱流データを解析する際の有効性と推定精度の到達点を明確にしたことで、今後、さらに手法を改良する手がかりが得られました。
図1. 本研究の概念図。観測できる鉛直方向の運動と表面温度から、観測が難しい水平方向の運動をニューラルネットワークで高速に推定する。(c) 国立天文台
本文
太陽のような恒星の表面では熱対流により、強く乱れた流れ、すなわち乱流が発達します。太陽表面で対流が作る模様は粒状斑 (注1) と呼ばれています。太陽表面の乱流は磁場を増幅したり磁場を揺らしたりすることで、太陽の外層にあるコロナへ加熱エネルギーを供給する役割を担っていると考えられており、そのメカニズムの解明を目指した研究が続いています。そのため、乱流の速度とその空間分布を測定することが必要になっています。鉛直方向の運動はドップラー効果 (注2) を使って測定することができますが、水平方向の運動は直接測定することができません。従来よく用いられてきた相関追跡法では粒状斑の大きさと同程度以上の空間スケールの対流運動の推定に限られていました。深層学習を活用した水平運動の推定も試みられてきましたが、推定精度に限界があり、その原因がよく理解されていませんでした。
石川遼太郎 (総合研究大学院大学・国立天文台)、仲田資季 (核融合科学研究所)、勝川行雄 (国立天文台)、政田洋平 (愛知教育大学)、Tino L. Riethmüller (マックス・プランク太陽系研究所) らの研究グループは、太陽の熱対流を模擬した3種類の数値シミュレーションのデータを使い、観測可能な太陽表面の温度及び鉛直運動の構造と、観測困難な水平方向の運動の相関関係を学習するニューラルネットワークを構築しました。その結果、鉛直運動と表面温度の画像データから、観測困難な乱流の水平運動を高速に推定する新たな解析手法が実現されました。本研究の特徴は、さまざまな空間構造を持つ乱流の特性を考慮したマルチスケールの畳み込みニューラルネットワークを構成し、さらに、空間スケールごとの推定精度を分析する手法を開発したことです。これにより、対流が生じる典型的な大きさより小さな乱流構造が、水平運動の推定精度を制限していることを突き止めました。実際の太陽乱流データを解析する際の有効性と推定精度の到達点を明確にしたことで、今後、さらに手法を改良する手がかりが得られました。
本研究における乱流の構造推定は、太陽研究のみならず、プラズマ物理・核融合科学分野や流体理工学分野など、複雑な流れを対象とした研究に広く共通する課題です。本研究も自然科学研究機構「若手研究者による分野間連携研究プロジェクト」"高次相関解析とインフォマティクスが拓く実験室・天体プラズマにおける加熱・輸送・乱流ダイナミクスの研究: SoLaBo-X" の枠組みで推進されました。ここで開発された深層学習モデルを、核融合プラズマ中の乱流のゆらぎを推定する研究へ応用するための新たな展開も進行しています。
図2: (左図)左から数値シミュレーションによる正しい水平運動と深層学習によって推定された水平運動。明るい部分と暗い部分はそれぞれ紙面上むきと下向きの流れに対応している。(右図)空間スケールごとの推定精度。線の色の違いは、特徴が異なる乱流の水平運動に対する推定精度を示す。(c) 国立天文台
[論文情報]
タイトル: "Multi-Scale Deep Learning for Estimating Horizontal Velocity Fields on the Solar Surface"
著者: Ryohtaroh T. Ishikawa (総研大天文), Motoki Nakata (核融合研), Yukio Katsukawa (国立天文台), Youhei Masada (愛知教育大), and Tino L. Riethmüller (マックス・プランク太陽系研究所)
掲載雑誌: Astronomy & Astrophysics, Volume 658, A142 (2022年2月16日オンライン出版)
DOI: 10.1051/0004-6361/202141743
[研究助成]
本研究は以下の研究費の助成を受けて行いました。
- 2019〜2021年度 科研費特別研究員奨励費 19J20294 (研究代表者: 石川遼太郎)
- 2019〜2021年度 自然科学研究機構「若手研究者による分野間連携研究プロジェクト」SoLaBo-X, 01321802, 01311904 (研究代表者:仲田資季)
- 2018〜2022年度 科研費基盤研究(S) 18H05234 (研究代表者: 勝川行雄)
- 2020〜2023年度 科研費国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))20KK0072 (研究代表者: 鳥海森)
[注]
(1)粒状斑
太陽表面に見られる、大きさ約1000 km、寿命10分程度の模様。対流運動による温度構造を反映している。
(2)ドップラー効果
大気が放つスペクトル線の波長の変化を測定することで、その大気が近づいているのか遠ざかっているのか、そしてその速さを知ることができる。
[関連リンク]
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