太陽観測衛星『ひので』(SOLAR-B)が観測した巨大フレア
科学研究機構 国立天文台
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部
米国航空宇宙局
英国素粒子物理学・天文学研究会議
概要
2006年9月23日に打ち上げられた太陽観測衛星「ひので」は、現在、搭載の3機器(可視光・磁場望遠鏡、X線望遠鏡、極端紫外線撮像分光装置)とも、順調に初期観測を継続している。
「ひので」衛星は、2006年12月11日より活動領域NOAA10930の試験観測を継続していたが、世界標準時12月13日2時ごろ(日本時間では同日11時ごろ)に同領域で発生した巨大フレアの観測に成功した。このフレアは、太陽活動の最も低い時期(太陽活動極小期)に発生したフレアとしては最大級であった。
観測データの品質は極めて良好で、X線望遠鏡は、超高温プラズマの 巨大磁気ループやフレアに起因する波動現象をとらえることに成功した。 可視光・磁場望遠鏡では、2つの黒点の衝突相互作用により、磁場が捻じ曲げられ 変形する様子、X線ループの足元が、黒点を踏み潰すかのごとく進入していく様子 を極めて鮮明にとらえている。また、極端紫外線撮像分光装置は、 超音速の噴出物を観測した。この発表では、ムービーを公開することにより、 この巨大な爆発現象の多様かつダイナミックな姿を明らかにする。
このように「ひので」の3望遠鏡により、フレアのエネルギー源である磁場とそれが高温プラズマや超音速流を生み出す現場を、同時にかつこのような高い解像度で観測したのは世界で初めてであり、磁場のエネルギーがどのようにコロナに蓄えられ解放されるのかについて、現在「ひので」観測チーム内に検討グループを作り、データ解析を行っている。
なおこの巨大フレアは、大磁気嵐を起こし、オホーツク海上空のオーロラ現象に伴う現象が北海道でも観測されるなど地球環境へも大きな影響を及ぼした。「ひので」による太陽活動の基礎研究により、今後、宇宙天気予報や気候への影響の研究が進展すると期待されている。
公開するムービー
今回の発表では以下の3本のムービーを公開する。また、 その他の静止画はムービーから切り出したものである。
(全ての画像、映像について元データは白黒であり、カラーは 見やすくするために着色したものである)
高温磁気ループの形成の様子を示すムービー(X線望遠鏡):
フレア前に強く捻られたようなループ構造が、フレア発生後に緩やかな ループ構造へと変化する様子が鮮明に映し出されており、 蓄えられていた磁場のエネルギーが解放される様子が分かる。 またフレアの後半にはろうそくの炎のような「カスプ型」構造が見られ、 磁気リコネクションが発生していることを明瞭に示している。
(視野サイズは 512秒x512秒角、約37万km x 37万km)
解説画像
フレア前 |
フレア発生後 |
白黒版静止画
02:06:18フレア直前 02:40:18 05:15:07フレア直後
カラー版静止画
ムービー
◦白黒ムービー
◦カラームービー
・カルシウム線によるフレアリボンの成長を示すムービー(可視光・磁場望遠鏡):「フレアリボン」と呼ばれる、明るく細長い2筋の領域が フレアの進行と伴に成長し、磁場強度の強い黒点内部にまで侵入する様子や、 リボンをつなぐ細いループ構造が鮮明に見て取れる。 (視野サイズは 216秒x108秒角、15万8千km x 7万9千km)
解説画像
静止画(白黒):2:40:39(UT)
静止画(カラー):2:40:39(UT)
ムービー
◦白黒ムービー
◦カラームービー
参考画像.. X線望遠鏡と可視光・磁場望遠鏡の視野の比較
X線望遠鏡画像に可視光・磁場望遠鏡の視野を枠で書き込んである。
精緻な光球磁場画像による黒点の成長のムービー(可視光・磁場望遠鏡):
フレアを生じた領域の、精緻な磁場ベクトルの観測画像ムービー。 2つの黒点が衝突することにより、磁場が捻じ曲げられ変形する様子が、 はっきりと見て取れる。
左はGバンド(430.5nm)画像、右は鉄吸収線(630.2nm)でのスペクトル観測から 作成した視線方向磁場画像に水平方向の磁場の矢印を重ねたもの。視線方向 磁場画像はN極を白で、S極を黒で表している。
静止画(白黒)
ムービー(白黒)
太陽フレアとは
太陽フレアは、太陽系内最大の爆発現象である。太陽フレアが発生すると、 エックス線(X線)・ガンマ線から紫外線や可視光線、電波にいたるまでの さまざまな波長域で増光が見られる。また、フレアに伴い莫大なプラズマが 惑星間空間に放出されることがある。
太陽フレアは磁場のエネルギーが 解放されていると考えられており、そのエネルギー解放機構として、 磁力線の再結合(磁気リコネクション)説が有力である。しかし、 磁場のエネルギーがどのようにコロナに蓄えられ、またどのように 解放されるのかはまだ良く分かっていない。その解明のためには、 高空間分解能で精密な磁場観測、太陽大気の低層(彩層)から上層(コロナ) にいたるまでの連携観測が必要であり、「ひので」衛星が担う研究課題の 一つとなっている。
また太陽フレアにより磁気嵐やオーロラ現象が発生したり、 地球近傍の衛星や無線通信に悪影響を与えることがしばしばあり、 地球磁気圏外では、放射線や高エネルギー粒子が宇宙飛行士の致死量を 超えることもある。このため、太陽フレアの発生や地球への影響を 予報する「宇宙天気予報」が近年注目されるようになってきており、 その実現のためにも 太陽フレアのエネルギー蓄積・解放機構の解明が極めて重要である。
参考資料
アメリカ航空宇宙局(NASA) が2007年3月21日(現地時間)に プレスリリースを行いました。このリリース文の日本語訳と原文は以下になります。
March 21, 2007
Dwayne Brown
Headquarters, Washington
202-358-1726
Steve Roy
Marshall Space Flight Center, Huntsville, Ala.
256-544-0034
RELEASE: 07-72
INTERNATIONAL SPACECRAFT REVEALS DETAILED PROCESSES ON THE SUN
WASHINGTON - Wednesday NASA released never-before-seen images that show the sun's magnetic field is much more turbulent and dynamic than previously known. The international spacecraft Hinode, formerly known as Solar B, took the images.
Hinode, Japanese for "sunrise," was launched September 23, 2006, to study the sun's magnetic field and how its explosive energy propagates through the different layers of the solar atmosphere. The spacecraft's uninterrupted high-resolution observations of the sun will have an impact on solar physics comparable to the Hubble Space Telescope's impact on astronomy.
"For the first time, we are now able to make out tiny granules of hot gas that rise and fall in the sun's magnified atmosphere," said Dick Fisher, director of NASA's Heliophyics Division, Science Mission Directorate, Washington. "These images will open a new era of study on some of the sun's processes that effect Earth, astronauts, orbiting satellites and the solar system.
Hinode's three primary instruments, the Solar Optical Telescope, the X-ray Telescope and the Extreme Ultraviolet Imaging Spectrometer, are observing the different layers of the sun. Studies focus on the solar atmosphere from the visible surface of the sun, known as the photosphere, to the corona, the outer atmosphere of the sun that extends outward into the solar system.
"By coordinating the measurements of all three instruments, Hinode is showing how changes in the structure of the magnetic field and the release of magnetic energy in the low atmosphere spread outward through the corona and into interplanetary space to create space weather," said John Davis, project scientist from NASA's Marshall Space Flight Center, Huntsville, Ala.
-more-
Space weather involves the production of energetic particles and emissions of electromagnetic radiation. These bursts of energy can black out long-distance communications over entire continents and disrupt the global navigational system.
"Hinode images are revealing irrefutable evidence for the presence of turbulence-driven processes that are bringing magnetic fields, on all scales, to the sun's surface, resulting in an extremely dynamic chromosphere or gaseous envelope around the sun," said Alan Title, a corporate senior fellow at Lockheed Martin, Palo Alto, Calif., and consulting professor of physics at Stanford University, Stanford, Calif.
Hinode is a collaborative mission led by the Japan Aerospace Exploration Agency and includes the European Space Agency and Britain's Particle Physics Astronomy Research Council. The National Astronomical Observatory of Japan, Tokyo, developed the Solar Optical Telescope, which provided the fine-scale structure views of the sun's lower atmosphere, and developed the X-ray Telescope in collaboration with the Smithsonian Astrophysical Observatory of Cambridge, Mass. The X-ray Telescope captured the rapid, time-sequenced images of explosive events in the sun's outer atmosphere.
"By following the evolution of the solar structures that outline the magnetic field before, during and after these explosive events, we hope to find clear evidence to establish that magnetic reconnection is the underlying cause for this explosive activity," said Leon Golub of the Smithsonian Astrophysical Observatory.
The Marshall Space Flight Center manages the development of the scientific instrumentation provided for the mission by NASA, industry and other federal agencies.
For more information about Hinode, visit:
http://www.nasa.gov/hinode
-end-
日本語訳
2007年3月21日
アメリカ航空宇宙局(NASA)
ワシントン本部
Dwayne Brown
マーシャル宇宙飛行センター(MSFC)
Steve Roy
国際共同開発の衛星が太陽活動の詳細を明らかに
アメリカ航空宇宙局(NASA)は、太陽磁場がこれまで考えられていたよりもずっと激しく変化している様子を捉えた画像を公開しました。これらは国際共同ミッションの太陽観測衛星「ひので」(Solar-B)が取得したものです。
日本語の日の出に因んで名付けられた「ひので」は、太陽の磁場とその爆発的なエネルギーが太陽の大気層をどのように伝播していくかを解明することを目的とした衛星で、日本時間2006年9月23日に打ち上げられました。衛星による太陽の高分解能の連続観測が太陽物理学に与える影響は、ハッブル宇宙望遠鏡が光赤外天文学に与えた影響に匹敵します。
「史上初めて、熱いガスの小さな粒状斑が、磁場に満ちた太陽大気の中で上昇・下降する様子を捉えることが可能になった。」と述べたのは、NASA太陽物理学部門を率いるディック・フィッシャー博士です。 「これらの画像は、地球環境、宇宙飛行士、軌道周回衛星、太陽系に影響を与える太陽活動研究の新時代を開くだろう。」
ひのでは可視光磁場望遠鏡、エックス線望遠鏡、極端紫外線撮像分光装置の3つの観測装置を搭載し、太陽の異なる大気
層を観測します。可視光で見た太陽表面である光球から、惑星間空間に広がっている外層大気のコロナまでを観測します。
NASAマーシャル宇宙飛行センター(MSFC)のひのでプロジェクト責任者であるジョン・デイビス博士は、「ひので衛星の3つの望遠鏡が連携することにより、磁場構造の変化や低層大気における磁場エネルギーの解放が、どのようにコロナや惑星間空間に広がり、宇宙天気に影響を与えるのかという研究に役立つ。」と述べています。
宇宙天気は高エネルギー粒子の生成および電磁波の輻射に関連しています。これらの爆発現象が起こると、地球上では大陸規模で長距離通信に障害が発生したり、全地球測位システムに影響を与えたりします。
カリフォルニア州パロアルトにあるロッキードマーチン社の主任研究者で、スタンフォード大学教授でもあるアラン・タイトル博士は、「ひのでの画像により、太陽表層のあらゆるスケールの乱流が磁場の浮上を引き起こし、太陽表面を取り巻くダイナミックな彩層を形成しているという確固たる証拠が得られた。」と述べています。
ひのでは日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が中心となり、ヨーロッパ宇宙機構(ESA)、イギリス素粒子物理学・天文学会議(PPARC)が参加した国際共同ミッションです。日本の国立天文台(NAOJ)は太陽低層大気の微細構造の観測を可能にした可視光磁場望遠鏡を開発し、また、エックス線望遠鏡をアメリカマサチューセッツ州にあるスミソニアン天文台と共同開発しました。エックス線望遠鏡は太陽外層大気の爆発現象を短い時間間隔で撮像する能力を持ちます。
スミソニアン天文台のレオン・ゴルブ博士は、「爆発現象の前、最中、その後の磁場構造の変化を追跡することにより、磁気再結合が爆発現象を引き起こす原因になっているということを示す確かな証拠を見つけられると期待しています。」と述べています。
MSFCはNASAや民間企業、連邦政府機関が提供する科学装置の開発を統括してきました。さらに詳しい情報は以下を参照してください。
http://www.nasa.gov/hinode
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