追悼 ユージン・パーカー博士
地球~太陽~宇宙にわたる電磁流体現象の研究により、太陽風やナノフレアをはじめとする数多くの新しい概念を提案し、宇宙地球科学に新たな分野を切り拓いたユージン・ニューマン・パーカー (Eugene Newman Parker ) 博士 (米国シカゴ大学名誉教授) が、2022年3月15日、米国イリノイ州シカゴで逝去されました。享年94歳でした。氏は1951年カリフォルニア工科大学で学位を取得した後、ユタ大学を経て1955年からは一貫してシカゴ大学で研究教育活動を続けてこられました。今日の太陽太陽圏物理学、宇宙プラズマ物理学の隆盛は、ひとえに太陽・恒星~星間空間~銀河・銀河団の様々な磁気流体現象を解明した氏の業績に依るといっても過言ではありません。史上初めて、ご自身の名前を冠する衛星ミッションの打ち上げ成功を見守る栄光に浴せたことも、その証といってよいでしょう。謹んで、ここにご冥福をお祈り申し上げます。
(国立天文台名誉教授 渡邊 鉄哉)
もう一つのParker Solar Probe ----ユージン パーカー氏のご業績を偲んで----
国立天文台 台長 常田 佐久
パーカー氏の最も顕著なご業績は超音速太陽風の予言であろうが、αωダイナモ理論の創出も忘れることはできない。アルファ項の導入によりポロイダル場の減衰を防ぎ、ダイナモ波が生まれた。ダイナモ波は直感的にわかりにくいが、パーカー著 Cosmical Magnetic Fields: Their Origin and Their Activity(1979)に、その秀逸な説明がある。パーカー氏は、「理論ができたら式を消して考える」と、いつも言っていた。「Cosmical Magnetic Fields」は数学的な本と思われており、特に観測の人は読まないだろうが、論文にはないこのような説明のある素晴らしい本である。パーカー理論は、太陽内部の回転速度分布が日震学の観測と合わないことが分かり、人気がなくなり、flux transport dynamoの全盛となった。なぜ、太陽はパーカー氏の言う通りになっていないのだろうか?パーカー氏が、flux transport dynamoについてコメントしたことはなかった気がする。
パーカー氏は、磁気リコネクションの理論にも顕著な貢献をした (Sweet-Parkerリコネクション)。彗星のごとく現れたHarry Petschek氏が、遅い磁気流体ショックの導入により、短い時間でより大きなエネルギーを取り出せるリコネクション理論を提案した。Harry Petschek氏が理論を発表した研究集会の質疑応答が研究会集録に残っているが、パーカー氏は直ちに理論の長所を理解し、以降高く評価した。
パーカー氏は、「コロナは微小フレアの集合」というナノフレア仮説を、生涯にわたって提唱し続けた。「ようこう」衛星のX線データを用いて、清水氏・勝川氏と大学院2世代に渡って、これを観測的に検証する仕事をした。勝川氏は、最後まで残った観測データの統計に関する疑問を解決した。これらの解析結果から、黒点近傍の活動領域と呼ばれる高温・高密度の領域では、ナノフレア仮説は正しいと思っている。パーカー氏はこの結果をことのほか喜び、その著書Conversations on Electric and Magnetic Fields in the Cosmos(2007)で、この解析結果を評価し、"More recently Katsukawa (2003) have studied the fluctuations in the individual pixels of the Yohkoh X-ray telescope. They find fluctuations in excess of the thermal background, indicating large numbers of small-scale flares with individual events in the range of 1021 - 1024 ergs - picoflares and nanoflares." と書いている。ちなみに、この程度のエネルギーとタイムスケールだと、Sweet-Parkerのリコネクションでも可能となってくる。
パーカー氏は、この他にも磁気浮力や対流崩壊の理論など、夥しい業績がある。NASAの太陽接近ミッションに、Parker Solar Probeという名前がついた。NASA本部の英断だろうが、「ひので」衛星の成果のかなりの部分も、パーカー氏の仕事と深く関連している。「ひので」も、もう一つのParker Solar Probeであろう。
パーカー氏の著書と論文を手に取り、いつも激励していただいたことを思い出しつつ、ご冥福をお祈りする。
追悼 ユージン・パーカー先生
同志社大学特別客員教授・京都大学名誉教授 柴田 一成
私が最も尊敬する宇宙物理学者のパーカー先生が亡くなられた。先生は、存命中に探査機(Parker Solar Probe)に命名された最初の研究者という歴史的栄誉を受けられ、2003年に京都賞を受賞されてからはノーベル賞受賞も時間の問題と思われていたのに残念というほかない。心よりご冥福をお祈りしたい。
パーカー先生に初めて直接お会いしたのは、1987年、R. Rosner博士の招きでシカゴ大学を訪問したときである。パーカー先生の目の前で恐れ多くも「パーカー不安定性の非線形発展」と題する講演をした。そのとき「太陽内部の磁場はどうなっているのですか?」と先生のダイナモ理論やその後の研究成果の解説を期待して質問したら、何と「何もわかっていない」という返事が返ってきて驚いた。色々研究しているが問題は難しく、内部は見えないので、本当のところは何もわかっていない、という話だった。期待はずれより、その謙虚な姿勢に感銘を受けたのを覚えている。
先生と国際会議で一緒になることは数多く、私が講演すると必ず激励のコメントをくださった。2000年に東京で開催された磁気リコネクションに関する国際会議(MR2000)で「フラクタル・リコネクション」について講演した際には、発表を終えた直後まだ壇上にいる私のところまでわざわざやってきて「Very interesting !」とほめてくださった。驚くとともに感激したのは言うまでもない。この時の発表は会議に出席していた他の人からはほとんど無視されたが、その後2001年に論文出版し、今では年間平均20回程度、トータルでは329回も引用されている。私の論文の中ではヒット論文の一つとなったが、評価されるまで時間がかかった。その論文をパーカー先生は発表直後から高く評価してくださったのである。改めて先生の眼力に敬意を表するものだ。
先生は、普段の会話では穏やかで控えめ、健康のため自分を律すること厳格で、学問に関しては同意できない主張には厳しく批判や反論する一方、若い人の研究に対しては温かくいつもエンカレッジを忘れない、という素晴らしい人柄の方だった。太陽や宇宙の電磁流体力学に関して先生が成し遂げた偉大な業績をさらに発展させることによって、太陽や宇宙の謎を解明し、人類の未来社会の発展、安全な宇宙進出につなげていく、というのが残された我々の使命であろう。
これまでパーカー先生に関する解説記事を2件書いています:
天文月報1998年8月号 パーカー「科学論文出版の戦術」 (柴田一成訳)(なぜこの記事を翻訳することになったか、を解説した訳者あとがき付き)
https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1998/pdf/19980806c.pdf
物理学会誌2003年12月号 柴田一成「太陽圏科学・宇宙電磁流体力学の開拓者: ユージン・パーカー博士京都賞受賞」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri1946/58/12/58_KJ00002729998/_article/-char/ja
[関連リンク]
Eugene Parker, 'legendary figure' in solar science and namestake of Parker Solar Probe, 1927-2022 ― (UCHICAGO NEWS)
NASA Mourns Passing of Visionary Heliophysicist Eugene Parker― (NASA)
追悼 ユージン・N・パーカー先生― (京都大学大学院理学研究科附属天文台)
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