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開発経緯

可視光・磁場望遠鏡(SOT)の汚染解析 JAXA 総合技術研究本部 部品・材料・機構技術グループ 馬場 尚子

 SOLAR-Bの第一の成果は、勿論最新鋭の望遠鏡による観測画像と、それによって躍進する太陽研究だ。これを達成するために国立天文台が実施した様々な努力は、意外なところへ恩恵をもたらすことになった。 科学と技術は似て非なるものだが、常に互恵関係にある。科学衛星の開発が、どうして技術研究の難関を打開するに至ったかを、プロジェクト外協力者の視点から記してみた。

1. 管理と定量

 SOLAR-Bはずっと太陽を直視している。鏡の反射率が落ちると熱入力が増えて衛星が暖まり、熱歪などの問題が起きてしまう。高い反射率をキープすべく、鏡をきれいな状態に保つために如何なる努力が払われたかは 「写真で見るコンタミネーションとの戦い」 に詳しい。SOLAR-Bでは、国立天文台が、日本の衛星としては例をみない、慎重かつ徹底したコンタミネーション管理を行っていた。

管理には、定量目標が必要だ。「とにかく、きれいに」では困る。コンタミネーションはそもそもゼロにはなり得ない。SOLAR-Bは、軌道上での活動期間全期において、どのくらいまでなら汚れてもよいのか。その目標を達成するために、衛星の部品や材料はどの程度までアウトガスを減らさなければならないのか。

2. コンタミネーション予測解析

 今使おうとしている部品や材料のアウトガス放出量をソフトウェアにインプットして、打上げ5年後のSOLAR-Bの状態を予測してみる。予測されたコンタミネーション付着量が制限値以下であればOKだ。が、"1年しかもちませんよ"なんて結果が出たら、更にベーキングをしてアウトガス放出量を目標値まで減らさなければならない。SOLAR-Bは多方面と国際協力をしているので、コンタミネーション解析はNASAが支援した。

3. 作ろう!国産解析ソフト

・・と、ここまでの情報をネットで入手したつくばの研究者は驚いた。

なぜなら、国内の衛星では、それまで本格的なコンタミネーションの数値解析が成されていなかったからだ。海外では、解析を用いたコンタミネーションの予測、予測値に基づいた設計・製造フェイズでの汚染管理が既に常識となっている。高精度のカメラや望遠鏡を積んだ衛星が次々に計画されている昨今、これでは如何にもまずい。と、JAXA(当時NASDA)も考えた。

fig1 2.png

 そこで、海外の解析ツールをお手本に、ツールを作ってみた。日本初のコンタミネーション解析ソフトである。コンタミネーションにはいくつか法則がある。暖かい面はアウトガスを出し易い。冷たい面にはくっつき易い。真空に曝された当初はアウトガスがたくさん出るが、徐々に減ってくる。汚染源から良く見える場所が汚れ易い。が、汚染分子は宇宙機表面で反射したりもするので一筋縄ではいかない。等々。こうした様々な現象を説明する数学モデルを使って、汚染分子が(1)材料から放出され(2)宇宙空間を漂って(3)他の面にくっつく、その各プロセスを模擬する。

fig2 2.png

 短期間の地上試験データを使って、何年も運用した後の状態を予測するには、アウトガスレート試験データを関数化し、外挿しなければならない。文献を調べて関数を集めた。何種類もの材料を試験し、試験データに一番ぴったりくる関数を選んだ。仮のモデルを使って解析してみたら、それらしい結果が出た。ソフトウェアは完成にみえた。
しかし、実績がなかった。

科学や産業の期待が詰まり、何100億もの費用と気の遠くなるような労力のかかった衛星だ。その寿命設計に関る解析を、昨日出来たばかりのソフトウェアに任せるわけにはいかない。任せる理由もない。

4. 解析の落とし穴

 どんな解析も、その一部に必ず仮定が含まれている。実測値と突き合わせてモデルを修正し、精度を上げていかなければ机上の空論だ。コンタミネーション解析の泣きどころは、軌道上に上がってからの実測値の入手が著しく困難なことだ。それどころか、解析に必要なアウトガスレートのデータすらほとんど取られていない。真空中で材料から出るアウトガスを、高精度のQCM(Quarts Crystal Microbalance:水晶板の振動数変化から微小な質量変化を計測する天秤)を使ってリアルタイムで計測するアウトガスレート試験は高価な試験だ。試験をし、データを取って解析を回す必要性が、日本の衛星ではまだ充分に認識されていなかった。

5. データがほしい、実測値もほしい

 SOLAR-Bには全てがあった。既に一度解析を回していたから、必要なモデルも、入力すべきデータも揃っていた。軌道上で、衛星各部の温度からコンタミネーション付着量を推算する計画もあった。何より、経験豊富なNASAが出した"模範解答"があった。

 早速、ねだりに行った。生まれたばかりのわたしたちのソフトウェアには実績がありません。データとモデルを下さい。SOLAR-Bの解析をさせて下さい。アメリカの解析結果と比較し、国産ソフトウェアの性能を確認させて下さい。国産ツールが同等以上の性能を持つところまで成熟したら、様々に条件を変化させた解析の要望に、迅速にお応え出来るようになります。

   fig3 2.png

6. 手探りの比較

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 天文台からは、快く承諾頂けた。アメリカの解析報告書は模範解答であり、手引きであり、教科書だった。最初は判らないことばかりだった。外挿に用いるアウトガスレートの期間。少量使用材料の取扱い。ベーキングによるアウトガス量削減をどう考えるか。一点一点検討していった。

 やはりというべきか、同じデータを入力しても、二つのソフトウェアは異なる結果を算出した。全ての解析条件が示されてはいないので、不思議ではない。報告書には、解析のやり方は書いてあるが、何故そのやり方を取ったのかまでは書かれていない。その理由を考えることが勉強であり、比較検討を進めていくうち、次第に自信もついてきた。

7. 少しずつ、恩返し

 "ソフトのための解析"が一巡し、国産ツールの性能も実用に堪えるレベルに到達したことが確認できた。遂に本番、衛星のための解析である。

 第一の目的は、ベーキングや試験の結果を取り込んだ精度向上だった。設計・製造の早い段階での解析は、入力データがまだ詳細化されていないため、充分余裕をみた安全側の予測となる。開発プロセスの進行につれ、試験データや熱解析の結果により入力条件を更新出来、より現実に近い条件での解析が可能となる。

 もう一つは仮定した解析パラメータの変更である。アメリカの解析は1ケースだが、解析条件を変化させて幾通りかの予測を行った。これは解析において仮定した入力値と真値の相違に備えるためである。汚染分子付着率等のパラメータを変化させると、予測値も簡単に変化する。これが解析の怖いところであり、解析条件設定の重要性を語るものでもある。軌道上の実現象をより精度よく予測し、入力することが解析精度向上の重要因子である。何やら目的と手段とが卵とニワトリの如く循環するが、コンタミネーション解析は構造や熱の解析と比して歴史が浅く、仮定を置かざるを得ない部分が多いがための不安定性である。

8. 終わりなき検証

 10月25日、可視光・磁場望遠鏡(SOT)はトップドアを開き、ファーストライトを取得した。10ケース以上の解析を行った結果、SOLAR-Bの軌道上寿命は少なくとも3年以上と見積もられている。しかし、解析値は今後、軌道上取得データを用いて随時見直されるべきものだ。高分解能の観測画像も、衛星各部温度のようなハウスキーピングデータも、地上でどきどきしながら待ち望んでいる人々がいることに変わりはない。

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