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お知らせ

渡邊鉄哉教授 退職記念談話会 "Glory Be To Emission-Line Spectra!" が行われました

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 2018年3月28日(水)16:00~、国立天文台大セミナー室にて、渡邊鉄哉教授の退職記念談話会が行われました。渡邊先生が「凝って付けた」とおっしゃるタイトルは、日本語にすると「輝線スペクトルに栄光あれ!」。観測大好きで、大学院生時代には人の観測にまで付き合って年間100日以上観測所通いをしていたという渡邊先生は、1980年4月に国立天文台に入台されてからは専ら太陽からの紫外線・X線の分光観測(※1)による研究をされました。紫外線・X線は地球の大気によって吸収されますので、観測装置を飛翔体に載せて宇宙に飛ばさなければ、観測できません。渡邊先生は、日本の初代太陽観測衛星「ひのとり」、続く「ようこう」、そして現在も観測を続けている「ひので」の3つのプロジェクトに携わってこられました。それらの衛星による観測を通して巡り合った4つの輝線(※1)について、時の流れに沿って、周辺の状況を交えながらお話しされました。最後に、今年1月に提案書を提出した次期太陽観測衛星Solar-C_EUVSTに触れ、お話を締めくくられました。講演のダイジェストを以下に記します。


(※1)分光観測と輝線
 光を波長ごとに分けることを分光といいます。波長ごとに強度を配列した図をスペクトルといいます。図1は横軸に波長、縦軸にX線の強度をとったスペクトルの例です。スペクトル上に特定の波長だけが明るいピーク構造が見られます。これらを「輝線」と呼びます。逆に、特定の波長だけが暗い構造が現れることもあり、これを「吸収線」と呼びます。輝線と吸収線を合わせて「スペクトル線」といいます。
 スペクトル線は、原子やイオンがその種類ごとに決まった波長の光を放出したり吸収したりするために生じます。同じ元素であっても、持っている電子の数が異なれば違うイオンですので、違う波長のスペクトル線を出します。例えば、鉄(元素記号:Fe)は原子番号26、つまり電子を26個もつことができる元素です。高温なコロナの中では、電子がはがれて鉄イオンとして存在し、温度が高くなるほど、はぎとられる電子の数が多くなります。天文学では、電子をはぎとられていない、原子の状態の鉄をFe Iと表記します。1階電離(電子を1個はぎとられた状態)の鉄をFe IIと表します。Fe XXVと書けば、24階電離の鉄を表します。

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図1 スペクトルの例(出典:Tanaka, K. et al.: 1982, Ann. Tokyo Astron. Obs. 2nd Ser. vol. 18, p.237.)

[1] Fe XXV(24階電離の鉄イオン)

 「ひのとり」には、Fe XXVの輝線を分解能高く測定できるブラッグ結晶分光器が載っていた。この輝線は温度診断に重要な輝線である。それにも増して重要なのは、輝線の幅からフレアで生じたプラズマ(※2)の運動が分かることである(※3)。フレアが起こると、輝線幅が広くなったり狭くなったりして、彩層からコロナへと上昇するガスの動きが速くなったり遅くなったりするのが、分光観測から診断できる。

 「ひのとり」の大きな成果は、X線領域で3つのタイプのフレアの分類を行ったことと、3~4千万度を超える高温の熱的プラズマが生成されることを定量的に観測したことである。

 また、先般、事故により残念ながら運用終了となったX線天文衛星「ひとみ」は、マイクロカロリメーターを搭載しており、試験フェーズの最後にとったペルセウス座銀河団中心部のFeの輝線スペクトルは、「ひのとり」のブラッグ結晶分光器に匹敵する分解能を示している。この分解能があれば、2つの輝線の強度比や輝線幅から温度、速度場の詳細な情報を解析することが可能である。渡邊先生は、退職後、「ひとみ」代替機が打ち上がるまでに、「ひのとり」のデータがX線グループの人達にも使えるようにアーカイブすることに携わりたいと考えているとのこと。

◇エピソード
 「ひのとり」を牽引した田中捷雄さんは、1990年1月2日に46歳で亡くなった。「SOLARA(※4)まで間に合うか疑しくなってきました。これからが勝負ですね」と書かれたこの年の年賀状は1月3日に届き、天国からの手紙となった。渡邊先生の宝物である。

[2] Fe II(1階電離の鉄イオン)

 Ca II H線(※5)のウィング(※6)に乗っているせいで、太陽円盤上にあるうちから吸収線でなく輝線になるという、トリッキーなスペクトル線である(※7)。どうしてそうなるのか?これが、「ひのとり」と「ようこう」の間の時期に渡邊先生がドイツにいらしたときの研究テーマであった。Non-LTE輻射輸送計算(※8)により、この理由を説明することに成功した。この論文は、誰も引用しないが、本人としては一番満足度の高い論文であるとのこと。

[3] S XV(14階電離の硫黄イオン)

 「ようこう」のブラッグ結晶分光器を使った研究で、渡邊先生が最もかかわったスペクトル線。フレアの起こらない時期にも、このスペクトル線が受かることが分かった。このイオンの2つの輝線の強度比から温度診断ができ、フレアが起こっているときとフレアが顕著でないときのエネルギー収支を調べることができる。NOAA番号7978/7981の、極小期に近い時期に長生きした活動領域について、フレアを起こしているときと起こしていないときのエネルギー収支を1日ごとに調べた。この活動領域は、1回目の自転のとき(NOAA番号7978)には何回も大規模フレアを起こし、活発な活動領域だったが、回帰してきたとき(NOAA番号7981)にはフレアは起こらなかった。1回目の出現時は、フレアで解放されるエネルギー量はバックグラウンドの活動領域コロナから放出されるX線のエネルギー量とほぼ等しかった。2回目出現時は、フレアを起こしていないときのエネルギー消費量は1回目出現時とほとんど変わらないが、それを担うフレア(マイクロフレアを含む)エネルギー源はなく、400万度を超える高温プラズマの生成にマイクロフレアが寄与しているかは分からなかった。

[4] Fe XVII(16階電離の鉄イオン)

 「ひので」の極端紫外線撮像分光装置(EIS)で、活動領域のFe XVIIが受かるようになった。設計当初のEISは今のEISとはだいぶ違ったものであった。洗練され、成果が得られるEISにすることができたことが、渡邊先生の自慢である。Fe XVIIイオンによる204 Åと254 Å(※9)の輝線の強度比で、不思議なことが生じた。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)でFe XVIIイオンをつくり、スペクトルをとると、204 Åと254 Åの輝線の強度比は理論から予測される値とよく一致した。しかし、太陽の観測では理論から予想される値と3倍近くくるっていた。結論は、EISの分光感度特性が経年変化していたということで、分光器の較正に役立つことになった。「ようこう」で国立天文台の運用負担が大きかったことから、「ひので」では負担を軽減するため、打ち上げ以前から宇宙研と国立天文台の間で運用に関する協定を結ぶなどにもご尽力された。

■次期太陽観測衛星Solar-C_EUVST

 今年1月に提案書を提出した、紫外線・極端紫外線の分光装置。彩層からコロナまでの広い温度範囲を、0.4秒角という高い空間分解能、および波や非熱的電子の伝播の様子が分かる高い時間分解能で観測する。渡邊先生が個人的に注目している輝線は、Fe XVIIIとNe VII。O VIとNe VIIIの温度のギャップを埋めるのがNe VII。O VIでは、幅広い温度のプラズマが見える。より高温と思われるループ頂上部だけがNe VIIで光っていると解釈されるSKYLABの画像もある。Solar-C_EUVSTによるNe VIIの観測で、これまであまり見られなかった遷移層で閉じた背の低いループを見ることができるのではないかと考えている。


(※2)プラズマ
 高温のためにガスが電子とイオンに分かれた状態のこと。

(※3)輝線幅とプラズマの運動
 プラズマが奥行き(視線)方向の運動をしていれば、そのプラズマが出す輝線は、ドップラー効果により、もとの波長からずれることになります。プラズマが観測者に近づいてくるときは輝線は短波長側にずれ、観測者から遠ざかっていくときは輝線は長波長側にずれます。もし、プラズマがあっちへ行ったりこっちへ来たり様々な方向に運動していれば、輝線は短波長側や長波長側にずれる効果が重なり、その幅が広くなります。

(※4)SOLAR-A
 「ようこう」のこと。

(※5)Ca II H線
 1階電離のカルシウムイオンが出す吸収線の1つ。太陽の可視光スペクトルに見られる吸収線は、フラウンホーファーが波長の長い(赤い)方から順番にA, B, C, ...の記号を振っており、「H」はその8番目のものでした。

(※6)ウィング
 スペクトル線の形(輪郭)について、中心波長から離れた周辺部分のこと。

(※7)輝線か吸収線か
 通常、太陽の縁の外にあるプラズマは輝線を出します。太陽円盤上(太陽の縁の内側)の上空大気中にあるプラズマは、吸収線を出します。それは、そのプラズマの背後の太陽表面が強い光を出しているからです。詳しくは以下を参照。
スペクトル線が現れる仕組み

(※8)Non-LTE輻射輸送計算
 大気がそれぞれの場所で熱平衡になっていて、プラズマがその場所の熱放射(輻射)をしている[LTE(局所熱平衡)]と仮定するのではなく、様々な物理過程(電子衝突、吸収・自然放出・誘導放出)を考慮した上で、大気の中をどのように放射が伝わるかを調べる計算のこと。

(※9)Å(オングストローム)
 1 Å = 10-10 m = 0.1 nm

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